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2004.12.29

スマトラ島沖地震

それにしても年の瀬に大変な地震が起こったものである。
犠牲者数が5万人を超えたという報道もある。
日本人も現時点で4名の死者が出ている。
犠牲者のご家族の皆さん、被害にあった方々の心中いかばかりかと胸が痛む。
各国に早期警報のシステムが完備していれば、犠牲者の数は大幅に減らせたはずと思うと、残念でならない。
今年は、日本でも台風や地震による被害が多く出て、自然の力をまざまざと見せ付けられた1年であった。

思い起こせば、阪神大震災からまもなく10年が経とうとしている。
あの地震も生きた心地がしなかった。
今でもあの瞬間の恐ろしさがまざまざと蘇ってくる。
私は、あのとき既に起きていた。嫁さんが持病で入院していたので、幼稚園に通っていた2人の子供のお弁当を作るところであった。
突然ガタガタと揺れ出した。「いつもよりちょっときついな。」と感じたが、そのうち納まるであろうと待っていても揺れはだんだんひどくなるばかり。
そのうち立っているのも苦労するくらいの大揺れとなった。
「やばい!」
2階で眠っている子供たちのことがとっさに頭をよぎり、夢中で階段を駆け上った。
階段は大きくガタガタと揺れ、隙間から木屑が出てきた。
別々の子供部屋で眠っていた寝ぼけ眼の2人の子供を両脇に抱え、一目散に1階に下りて外へ出ようとしたところ、ようやく揺れが納まった。
子供を助けるために飛び出したDKを見ると、棚は倒れ、食器棚からは食器がほとんど全て飛び出して床に散乱、冷蔵庫さえも数十cm動いていた。
その場所に居たら自分が怪我をしているところであった。
テレビのニュースで大きな被害が出ていることを報じていた。

阪神大震災の時、各地から大勢のボランティアが集まって、罹災者の救援活動を繰り広げてくださった。
私は、あの時、人類が何かひとつ階段を上ったような気がした。
「愛」の実践ができる人が増えてきたように思う。
災害の被害の大きさとは裏腹であるが、人間はその都度成長していくように思えてならない。

スマトラ島沖地震も、人類がさらに1階梯を上るトリガとなればと願ってやまない。

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コメント

スマトラ地震、あっという間に全てを奪い去ってしまう津波、2004年はほんとに災害の年でしたね。
阪神大震災から10年を迎える2005年。その時の教訓は新潟中越地震で活かされたと思います。もっちんさんもひどい揺れを経験されたんですね。私は軽い揺れだけでした。報道されない怖ろしい現実があったのだと思いますが、助け合いの心もまた生まれたんですね。
2005年はしっかり自然の怖さを受け止めて、愛のこころ、育てていこうとする人が増えていくといいですね。

投稿: よだか | 2005.01.04 15:03

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